「年金は遅くもらうと増える」と親に聞かれて|繰下げできる人・できない人

「年金は遅くもらうと増える」と親に聞かれて|繰下げできる人・できない人のイメージ年金と老後

先に結論

  • すでに年金を受け取り始めた人は、あとから繰下げに切り替えられない。 繰下げは、請求せずに待っていた人が申し出る仕組み
  • 80代の親の世代(昭和27年4月1日以前生まれ)は、繰下げの上限年齢も70歳
  • 58歳の子の世代は、これから60〜75歳の間で選べる。繰上げは1か月0.4%減(昭和37年4月2日以降生まれ)で、取り消せない。繰下げは1か月0.7%増
  • 繰下げ待機中は加給年金を受け取れない。65歳以降に働いて在職老齢年金で止まる分は、増額の対象にならない
  • 待機中に亡くなると、遺族は繰下げ請求ができず、増額分は残らない

この記事はフィクションです

登場する鳥と、その家族構成・収入・やりとりはすべて創作です。実在の人物・団体とは関係ありません。
ただし、制度の内容と数字は、記事末尾の出典にある公的機関の資料にもとづいています。物語は制度を分かりやすくするための器で、判断のもとになるのは出典のほうです。

登場人物

おこげ シナモン文鳥。26歳・会社員。去年、転職した。ひとり暮らし。難しい話はすぐ忘れるが、分からないことを素直に聞けて、誰からも好かれる。(運営者が昔飼っていた文鳥がモデル)
あられ セキセイインコ。32歳・会社員。共働きで1歳の子どもがいる。去年、育休から復帰した。お金の話は「損はしたくないが、調べる時間がない」
こがらし ジュウシマツ。41歳・会社員。子どもは小4と小1。家を建てるかどうかを考えている
ふぶき オカメインコ。58歳・会社員。80代の親がいる。自分の年金も、そろそろ気になっている

解説役のしぐれ(桜文鳥)と、質問役のみぞれ(白文鳥)は、これまでの記事と同じです。

実家の居間で、母が聞いたこと

実家の居間で、年を取ったオカメインコの母が、ふぶきに「年金を今から遅らせられるか」と聞いている

九月の連休、ふぶきは久しぶりに実家へ帰った。父は縁側で新聞を広げている。

お茶を出しながら、母が言った。

「近所の奥さんがね、年金は遅くもらうと増えるって言うのよ。お母さんも、今からでも遅らせられるの? 病院代もかかるしねえ」

母は八十を過ぎている。年金は、もうずっと前から受け取っている。

「……できるんじゃないかな。いや、どうだろう」

ふぶきは会社勤めを三十年以上続けてきた。それでも、この質問には答えられなかった。自分の年金のことも、ねんきん定期便の封筒を開けて閉じたきりだ。

答えられないまま、帰りの電車で原文を読むことになりました。 分かったことを、順に書きます。

「今からでも遅らせられるか」

繰下げは、65歳で年金を受け取らずに待ち、66歳以後に申し出て増額してもらう仕組みです。申し出ができる人の条件は、日本年金機構の年金Q&Aにあります。老齢厚生年金の条件の一つがこれです。

当該老齢厚生年金の受給権を取得した日から起算して1年を経過した日前に当該老齢厚生年金の請求をしていないこと。

出典:日本年金機構「年金Q&A 老齢厚生年金の繰り下げの申出を行うことができる人は、どのような人ですか。」

老齢基礎年金も同じ形です。国民年金法は、申し出ができる人をこう定めています。

老齢基礎年金の受給権を有する者であつて六十六歳に達する前に当該老齢基礎年金を請求していなかつたものは、厚生労働大臣に当該老齢基礎年金の支給繰下げの申出をすることができる。

出典:国民年金法 第28条第1項

すでに請求して受け取っている人は、この条件に当てはまりません。 母の年金を今から繰下げに切り替えることはできない、というのが答えでした。

母の世代には、もう一本の線があります。昭和27年4月1日以前生まれの方は、繰下げの上限年齢が70歳です(日本年金機構「年金の繰下げ受給」)。2026年9月に80代の方は、昭和11年から昭和21年の生まれにあたります。

近所の人の話は、まちがってはいなかった。ただ、それは受け取り始める前の人の話だった。

選べるのは、ふぶきの側だった

58歳のふぶきは、昭和42年か43年の生まれになる。近所の人の話が当てはまるのは、むしろこちらだった。

老齢年金は原則65歳からですが、60歳から75歳の間で受け取り始める時期を選べます。早めれば繰上げ、遅らせれば繰下げです。

受け取り始める年齢年金額の増減
60歳(繰上げ)24.0%減
63歳(繰上げ)9.6%減
65歳増減なし
66歳(繰下げ)8.4%増
70歳(繰下げ)42.0%増
75歳(繰下げ)84.0%増

繰上げの1か月0.4%は、昭和37年4月2日以降生まれの方の率です。昭和37年4月1日以前生まれの方は1か月0.5%(最大30%)になります。繰下げは1か月0.7%の増額です。どちらも、決まった率は一生変わりません。

繰下げは、老齢基礎年金と老齢厚生年金を別々にできます。繰上げは、原則として両方を同時に請求します。

65歳で請求せずに待っていると、66歳から74歳まで毎年、誕生月の初旬までに「繰下げ見込額のお知らせ」が届きます。対象は昭和27年4月2日以降生まれで、老齢年金を受け取っていない方などです。

後輩のあられが言った「早くもらったほうが得」

翌週の昼休み、ふぶきが年金の話をすると、後輩のあられが顔を上げた。

「それ、ネットで見ました。早くもらって長く受け取るほうが得、っていう話も」

「その『早く』のほうが、引き返せないんだよ」

日本年金機構は、繰上げの注意点としてこう書いています。

老齢年金を繰上げ請求した後は、繰上げ請求を取消しすることはできません。

出典:日本年金機構「年金の繰上げ受給」

減るのは年金額だけではありません。繰上げ請求をすると、次のものも失います。

失うもの内容
障害年金の請求繰上げ請求した日以後は、事後重症などによる障害基礎(厚生)年金を請求できない
寡婦年金繰上げ請求した日以後は支給されない
任意加入・追納国民年金の任意加入も、保険料の追納もできなくなる

事後重症とは、障害認定日には障害の状態に当たらなかった人が、その後に症状が重くなってから請求する道です。機構の原文には「(治療中の病気や持病がある方は注意してください。)」と添えられています。

あられは少し黙ってから言った。「うちの親にも、先に言っておきます」

65歳から先も働くなら

その日の午後、ふぶきの机に再雇用の説明会の案内が回ってきた。65歳を過ぎても働くかどうかは、まだ迷っている。

働きながら老齢厚生年金を受け取ると、在職老齢年金の仕組みで年金が減ることがあります。令和8年4月からの基準はこうです。

  • 老齢厚生年金の月額(基本月額)と、給与に賞与を月割りで足した額(総報酬月額相当額)の合計が65万円以下なら、全額支給
  • 65万円を超えると、超えた分の半分が支給停止になる
  • 65万円は令和8年度の額で、毎年度、賃金の変動に応じて改定される
  • 老齢基礎年金は調整の対象にならない

繰下げと組み合わせるときは、もう一つの決まりがあります。

ただし、65歳以後に厚生年金保険に加入していた期間がある場合や、70歳以後に厚生年金保険の適用事業所に勤務していた期間がある場合に、在職老齢年金制度により支給停止される額は増額の対象になりません。

出典:日本年金機構「年金の繰下げ受給」

働きながら待っても、待った月数のぶんがそのまま増えるとは限りません。 給与が多いほど、増える土台は小さくなります。計算例は在職老齢年金の基準額が65万円ににまとめています。

つれあいが年下だと、もう一つ考えること

その晩、ふぶきは台所で三つ年下のつれあいに話した。ここで加給年金が出てくる。

加給年金は、厚生年金保険の被保険者期間が20年以上ある方への加算です。65歳になった時点で、生計を維持している65歳未満の配偶者などがいれば加算されます。加算には届出が必要です。

令和8年4月からの額は、配偶者の分が243,800円です。受け取る方が昭和18年4月2日以後生まれなら、特別加算179,900円が付いて合計423,700円になります。ふぶきが65歳のとき、つれあいは62歳。対象になりうるのは、つれあいが65歳になるまでの間です。

ただし、配偶者の加給年金額が支給停止される場合があります。つれあいに厚生年金の被保険者期間が20年以上あり、その老齢厚生年金を受け取る権利がある場合です。

そして、繰下げとの関係です。

加給年金額や振替加算額は増額の対象になりません。また、繰下げ待機期間(年金を受け取っていない期間)中は、加給年金額や振替加算を受け取ることができません。

出典:日本年金機構「年金の繰下げ受給」

加給年金は、老齢厚生年金に加算されるものです。基礎と厚生を別々に繰り下げられる以上、どちらを待つかで、待つ間に止まるものが変わります。

配偶者の老齢基礎年金に付くことがある振替加算は、大正15年4月2日から昭和41年4月1日までに生まれた方が対象です。昭和41年4月2日以後生まれの方は、ゼロになるよう決められています。母の世代は範囲の中、ふぶきのつれあいは範囲の外です。

待っている間に亡くなったら

週末、ふぶきは母に電話で報告した。母は少し考えてから言った。「待ってる間に、あんたに何かあったらどうなるの」

繰下げ請求は、遺族が代わって行うことはできません。

出典:日本年金機構「年金の繰下げ受給」

遺族が未支給年金を請求できる場合は、65歳時点の年金額で決定したうえで、過去の分が一括で支払われます。ただし、請求した時点から5年以上前の分は時効で受け取れません。繰下げによる増額分は、遺族厚生年金にも反映されません。

待っていた間の増額は、残らないということです。遺された家族に何が出るかは遺族年金はいくら出るかに書いています。

母の病院代のこと

電話の終わりに、母がぽつりと言った。「年金を増やしたかったのはね、病院代が気になるからなのよ」

医療費には、1か月の自己負担の上限(高額療養費)があります。70歳以上には、外来だけの上限も別にあります。

令和8年8月から令和9年7月までの額で、70歳以上・年収約370万円まで(住民税非課税を除く)の区分の場合はこうです。

  • 外来(個人ごと)は月22,000円(年間上限216,000円)
  • 外来と入院を合わせた世帯の上限は月61,500円
  • 住民税非課税の世帯は、さらに低い区分になる

この区分に入る75歳以上の方の窓口負担は1割です。ただし、2割になる方もいます。課税所得が28万円以上で、かつ年金収入とその他の合計所得金額が200万円以上(複数世帯は320万円以上)の方です。年金の額は、窓口で払う割合にも関わっています。

繰下げの注意点にも、同じ向きのことが書かれています。

このほか、年金生活者支援給付金、医療保険・介護保険等の自己負担や保険料、税金に影響する場合があります。

出典:日本年金機構「年金の繰下げ受給」

ふぶきが繰り下げて年金を増やせば、何十年か先のふぶき自身にも同じことが起きる。上限額の全体は高額療養費制度が2026年8月に変わったにあります。

電話を切ってから、ふぶきが書いたメモ

夜、ふぶきがテーブルでメモ帳に、この日分かったことを書き出している

この日の結論

  1. 母の年金は、今から繰下げに切り替えられない
  2. 自分は60〜75歳の間で選べる。まず、ねんきん定期便で見込額を見る
  3. 繰上げは取り消せない。障害年金を請求する道も閉じる
  4. 65歳以降も働くなら、在職で止まる分は繰下げの増額に入らない
  5. 加給年金が付くかどうかを、つれあいの加入期間と合わせて年金事務所で聞く

定期便の読み方はねんきん定期便の見方にあります。

何歳まで生きたら得か、はメモに書かなかった。 書けたのは、いま決まっている条件のほうだった。

この記事の鳥:オカメインコ

オカメインコはオーストラリア原産の鳥で、頭の冠羽と、ほおのオレンジ色の丸い模様が目印です。名前にインコと付きますが、分類上はオウムの仲間です。小型〜中型のインコの中では長生きで、飼育下の寿命は15〜20年ほどが目安とされています。夜、物音や揺れに驚いてケージの中で暴れてしまう「オカメパニック」もよく知られています。

迎えるときは、20年近く先までの暮らしを考えることになります。年金の受け取り方を考えるのと、少し似ています。

みぞれ
みぞれ

結局、何歳まで生きたら繰り下げたほうが得なの?

しぐれ
しぐれ

この記事では、そこは決めません。受け取った総額が並ぶ年齢は計算できますが、税や保険料、加給年金、働き方で動きます。

ふぶきのメモに並んでいるのは、動かない条件のほうです。損得を考えるのは、それをそろえてからです。

みぞれ
みぞれ

親に同じことを聞かれたら、まず何を聞けばいいの?

しぐれ
しぐれ

「もう受け取っているかどうか」です。そこで話の向きが変わります。

親の分は年金の通知書を持って年金事務所へ、自分の分は「ねんきんネット」で。別々に確かめるのが近道です。

鳥たちの話(連作)

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よくある質問

すでに年金を受け取っている親が、今から繰下げに切り替えることはできますか?

できません。老齢基礎年金は66歳に達する前に請求していなかったこと(国民年金法第28条)、老齢厚生年金は受給権を取得した日から1年を経過した日前に請求していないこと(日本年金機構の年金Q&A)が、繰下げを申し出るための条件です。すでに請求して受け取っている人は当てはまりません。

繰上げの減額率は、生年月日で変わりますか?

変わります。昭和37年4月2日以降生まれの方は1か月0.4%(最大24%)、昭和37年4月1日以前生まれの方は1か月0.5%(最大30%)です。繰上げ請求をした後は取り消せず、減額は生涯続きます。

65歳以降も働きながら繰下げを待つと、増額はどうなりますか?

在職老齢年金制度によって支給停止される額は、増額の対象になりません。令和8年度は、老齢厚生年金の基本月額と総報酬月額相当額の合計が65万円を超えると、超えた分の半分が支給停止になります。老齢基礎年金は調整の対象になりません。

繰下げを待っている間に亡くなったら、増額分は家族に残りますか?

残りません。繰下げ請求は遺族が代わって行うことはできません。未支給年金を請求できる場合は、65歳時点の年金額で決定したうえで過去分が一括で支払われますが、請求した時点から5年以上前の分は時効で受け取れません。